スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

幻を見たい、「小千谷のひいな祭り」

雛人形や浮世絵というものは幻を見たいという人の願いから作られたのではないでしょうか。
毎年小千谷では雛まつりのころ小千谷に残る雛人形と浮世絵の展示会があります江戸後期から明治にかけての木版画です。小千谷縮の産地として、商人たちが、江戸や大坂、京都などから持ちかえり、雛飾りの背景に飾られたものです。「小千谷のひいな祭り」は中越地震をきっかけとして家庭の蔵などに保管されていた浮世絵を町内に展示する催しです。小千谷縮で栄えた当時を偲ばせて、小千谷ならではの見ごたえがあります。


説明にあるよう、雛人形や浮世絵というのは当時裕福な商家にのみ飾られたものでした。私の育った家庭にはその余裕はなく、二人の姉がいたものの、この商家の風習とは無縁でした。
「浮世の絵」とはうまくいったものです。現実ばなれという意味も感じる。題材は歌舞伎役者だとか、力士とか現実の世界をむしろわすれさせるような題材がおおい。写真という技術が普及する前の時代です。浮世絵は見る人に一時にしろ、現実世界を忘れさせてくれる、巨大な芸術作品であったかもしれません。
浮世絵をみたい。幻をみたい。人の根底には好奇心があり、それからこのような幻想願望がでてくるのではないでしょうか。実際その昔、幻燈機なる画像映写機がありました。その画像を暗闇のなか、夢中でみた記憶があります。
「幻を見たい」という願いは脈々と人々の心に引き継がれています。今日のマスメディアを代表する映画やテレビも現代の浮世絵ということもできるように思います。
スポンサーサイト

17歳の頃の「ベサメ・ムーチョ」

17歳の頃の「ベサメ・ムーチョ」
アメリカ空軍のコンサート長岡会場での演奏です。演奏は軍人ということになります。アメリカ人気質というのか皆さん明るい。日本人にはない根アカの国民性を感じます。日米親善が目的ですので、入場も無料、録画も公開も自由です。演奏の終了と同時にポケットカメラのメモリーがなくなりました。


「ベサメ・ムーチョ」、昭和の名曲です。この曲には17歳の想い出がある。高校二年の文化祭でブラスバンド部が演奏し、三年生の司会者が「もっとキスして」というスペイン語の意味を解説した。同時に演奏された「マンボナンバーファイブ」に入れられる人の掛け声は今も耳に残っている。
当時ラテン音楽は重要な音楽源であった。音楽に溢れた今日から比べれば、昭和は楽曲というものがとても少なく、どれもが貴重であった。音楽レコードを製造し、販売をすることは大変リスクがあり、慎重の上の発行だったのでしょう。
ネットでこの曲を調べてみよう。Wikipedia の解説を読むと、1940年にメキシコのコンスエロ・ベラスケス(Consuelo Velázquez)によって書かれた。
16歳の誕生日を前にしたベラクレス対17歳の私。時代は違うもの実年齢はほぼ同じなのに、精神年齢は大人とこどもほどもちがう。こんなことがあるのだろうか。この疑問はその後この曲を聴くたびに何十年も考えていたことである。
しかしネット時代の今日、この疑問にも解答を与えてくれる。ベラクレスは実生活で恋愛体験とは無関係にこの曲を着想したのだという
----------------------------
しかしこの曲、実は一般に思われているようなベタベタ・カップルの甘~いラヴ・ソングではなかったのである。音楽レポーターの竹村淳氏があるCD解説にこう書いている-:「ところが数年前メキシコ市で耳にした話によると、『ベサメ・ムーチョ』はベラスケスさんの女ともだちの夫が入院中なので見舞ったとき、容態が思わしくなく、自分の最後が近いことを悟っていた病床の夫君が夫人に『たくさんキスして』とせがんだということを聞いて作った歌だというのである。」
http://www.cafe-mexico.com/ensayo_pages/panchito/panchito008.html
-----------------------------------
この解説を知れば大変納得がいく。この曲はある夫婦の別れの曲なのである。別れの曲だと思うとますます名曲に思える。

さなえさんの新潟日報6月10日です

記事の写真をクリックすると新しいウィンドウが開きます。そのウィンドウでもう一度クリック。拡大された写真で全文が読めます。



IMG_0002.jpg

ゲゲゲの本人

きのうのテレビで漫画家の水木しげるさんが登場しました。

朝のドラマ「ゲゲゲの女房」は朝ドラの中でも傑作だと思います。真の主人公は漫画家水木しげるさんであり、
本当にすごいお人だとおもいます。

水木さんは90歳。大変お元気な様子で「人間は80歳を超えるようになるとね、死というものは消えて無くなるのだよ」と言っておられました。

なるほどと思いました。

母のローマ字学習……冬の思い出

母のローマ字学習・・・・・・・冬の思い出(二月 五十嵐記)

雪の新潟は大雪でもう屋根の雪おろしは5回目です。雪おろし作業は私の中学時代とたいして変わりません。農家のわが家の父は当時出稼ぎで不在、母はまだ若く、力仕事のできた母とコスキという木製のスコップで雪を少しずつ下ろした屋根の上を思いだしています。

当時、部屋には炬燵くらいしか、暖房器具はなかった。「寒い」などと言えば叱られる。仕事で身体を動かせばすぐ暖かくなる。私は母に寒いなどと言ったことがない。

その母が84歳で亡くなってもう9年がたちました。母は小学校程度の学校教育しか受けていませんでしたが、息子の私から見て、頭はよかったとおもう。教育に見栄をはるような愚かさはなかった。子供を上級の学校へやり、自分が受けることのできなかった高等教育を自分の子供に代行させるようなことはしませんでした。

さすがの母ですが、ローマ字教育だけは別ものです。母はローマ字が読めなかったのです。どこでも、習う機会がなかった。NHKをエムエッチケーと生涯発音していました。戦後巷に増えてくるローマ字。しかし、一体誰が正式に母にローマ字を教えるというのでしょう?

英語はもっとむずかしい。私が高校生の頃、グループサウンズが流行っていました。母は英語を習っているはずの私に質問したことがあります。例えばザ・ビートルズ、このザは一体どういう意味か。「それ」という意味だと答えたかも知れません。高校生にとっては難しい質問です。

母の密かな外国語学習の目標は26個のローマ字を覚えるということだったようです、外の世界に夢中の私は母に教えることもせず、母がこの目標に達したかどうかわかりません。

「小麦畑」の新聞記事です

にれ会のエベントがないなあと思っていたらありました。今日の日本農業新聞です。
IMG_20120320075702.jpg

NHK[世界ふれあい街歩き]の完全コピーです

あまり記事がありません。良かったテレビ番組の紹介サイトをのせました。付け加える言葉もありません。
--------------------------------------------------------

2012年3月15日(木)  チェジュ
~韓国~

街の「海女さん」 韓国で海女さんがいるのはチェジュ島だけで、季節を問わず、一年中、海に入ります。古くから行われてきた海女漁ですが、最近はめっきり減ってしまいました。それでもチェジュ島の中心都市チェジュには、50人ほどの海女さんがいるそうです。60~80歳代のベテランばかりで、若い人はいません。素潜りで水深10mの海底に潜り、サザエやアワビ、タコなどを獲る作業は危険と隣り合わせです。そのため、海女さん自身は自分の娘を海女にしたくないと話します。
 それでも、「自分にはこれしかないから」と、年配の海女さんたちは、70歳、80歳になっても海に潜り続けています。海女の歌は、仕事や暮らしのつらさを忘れるために歌うんだと笑う海女さん。歌詞は、「毎日、波間を漂い、子を育て、何のための人生か」と嘆いていますが、それでも海女さんは潜り続けてきたのです。

[小麦畑」が開店しました。

さなえちゃんの新しいお店が開店しました。

みんなで行きましょう。

長岡市の関原自動車学校の脇です。

IMG.jpg

雪がいっぱい

1月28日と29日にれ会片貝祭りの慰労旅行の慰労旅行がありました。「はっぱぎぬき」というタイトルのついた大湯温泉への一泊旅行です。参加は16人ほどでした。企画してくれた久君と昌子さんありがとうございました。

「はっぱぎぬぎ」のはっぱぎは脚絆のことで脚絆を脱いで旅の反省会をすることで新潟県独自の言い方ともいわれているようです。

無論、タイトルはなんでもいいから、新しい会長の徳ちゃん、旅行の企画をお願いします。

1月は大雪でした。除雪に追われて、どうしょうかとも思いましたが、除雪の慰労もいいかと参加しました。

「雪がいっぱい」です。
DSCF3096.jpg

雪の新潟吹雪にくれる

お正月の壮大なテーマということで、朝日新聞に米歴史家ジャレド・ダイアモンド氏が登場しました(1月3日)。

福島の原発事故以後、人類の原子力発電に対する氏の意見が日本全体に伝わるのは初めてかと思います。

この記事の中で、雨の多い日本の気候を、いかに貴重なものかを強調しています。夏の間、日本の農業者は雑草と闘い、その生命力に悩まされますが、別の視点もあるのだと思いました。

冬の新潟は 雪か雨。大変な降水量です。12月にスペインにあるヨーロッパの砂漠地帯を訪れて、その目で、毎日の新潟の天気をみると、別の視点が浮かんできます。

田中角栄元総理は雪に悩む新潟県人を前に「雪というものは大変な富、財産である」と言ったそうです。

角栄氏も、ダイアモンド氏も広い視野の持ち主だと感心します。

新年明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。

去年はにれ会の大きな節目の年でした。少年時代に思い切りひたることができました。

この冬は初雪がはやく、初雪の日(11月22日)、感傷的になって、明清橋の写真をとりました。
片貝中学校は後ろの高台へ移転してしまい。思い出の校舎も体育館もすでにあとかたもありません。

でも、校門と明清橋は当時のまま残っています。この場所は町外の人にしてみれば、片貝祭りにキャンプする場所としか思っていないかもしれない。

私たちにとって忘れることのできない橋です。私たちの誰もが、中学校の卒業式の日、この橋を後にしました。

この橋に、卒業以来、二度と戻ることの無かった人も多いと思います。



また広告が入ってしまったその2

このブログに投稿をサボると、自動的に広告が入ってしまいます。

にれ会ブログにはほんとに感謝してしまいます。これで、ブログというものの勉強させてもらったのですから。

ここでなるほどと思ったことを以下に投稿してみます。


町内回覧板を想像してみてください。回覧板はあきらかに読む人のために書かれている。

ブログは違います。


ブログは書く人のために書かれるものです。

ブログと散歩は似てます。散歩は体によい習慣です。散歩に出かけると、人の目にふれることになりますが、散歩は人に自分を見せるためにに外出するのではありません。自分の健康のため。自分のために外出するのです。

ブログも散歩も同じ。自分のためにブログは書かれるのです。


純粋、自分のためのブログを別にはじめました。

にれ会ブログはつづきますので、参加をお願いします。


にれ会旅行その4松尾芭蕉の俳句

DSCF1767[1]

にれ会旅行の2日目は山形県山寺の立石寺に参拝しました。

山寺といってもぴんときませんが、立石寺(りっしゃくじ)というお寺の名はどこかで聞いたことがある。そして松尾芭蕉が「閑さや岩にしみ入る蝉の声」と奥の細道で詠んだのそのお寺だといえば記憶がはっきりする。

芭蕉先生はたった5、7、5の17文字だけで世界を描写し、しかも、何百年もの後の世代に伝えたのだからたいしたものです。

ネットで調べると、この芭蕉の詠んだセミはニイニイゼミだそうです。現代ではネットで簡単にこのセミの鳴き声を聞くことができます。芭蕉の時代(1689年)からみれば大変な情報量です。 文字から写真、音声動画と情報量が多くなり、ありがたいことですが、情報量が増すにつれ、記憶されることは反対に、段々と少なくなります。

にれ会旅行その3海抜1メートル



松島湾というのか、観光船の発着所から公園を撮ったものです。海面がすぐそこ。海抜1メートルも無いような感じです。実際、高潮で浸水したとかで、観光バスは海際の通路を走れませんでした。

3.11の津波の被害はこの松島湾を見る限り、感じることはありません。沖の島々が津波をふせいだそうです。

こういう海岸をリアス式海岸というのでしょうか。

にれ会旅行その2

にれ会片貝祭りの慰労旅行が11月12、13日におこなわれました。
行き先は福島、宮城、山形の東北三県、宿泊は宮城県仙台近郊、秋保温泉です。
参加者は最終的に30名(男21名女9名)。バスガイドつきの観光旅行です。大型バスの後ろにはサロン席があって座席にはゆとりが充分でした。町外からも数名参加していただきました。
片貝を朝8時に出発し、予定どうりとはいえ4時半にホテル着です。翌日も8時半にホテル発、片貝着は5時半ころでしたので、相当部分、バスの中で過ごしたことになります。ベテランの運転手さんとバスガイドさん、それに宴会部長をはじめ会員が大いに盛り上げてくれて楽しいバス旅行でした。沢山の差し入れもありがとうございました。
初日はは好天に恵まれましたが、二日目は日本海側にきたせいか、、少し雨がぱらつくような天気でした。

幹事の久君、昌子さん、ご苦労さまでした。

あまりいい写真ではありませんがアップしておきます。

写真はこちら

にれ会旅行報告その1(広告が入ってしまいました)

あまり投稿しないでいたら、ついに広告が入ってしまいました。

これを防ぐためは常に投稿を続けなければなりません。

11月12日と13日にれ会旅行がありました。

あとで、報告します。

にれ会集合写真とDVDができました

お祭りの集合写真とDVDができました。町外の方には10月15日過ぎころから配達されます。

どの画像も笑顔にあふれていてすばらしいものです。とくに動画はすばらしい。プロのカメラマンに依頼したら
 (皆、緊張してしまって)こんなに自然そのものの作品にならなかったと思います。

「ワンストップサービス」ということで、

集合写真はこちら

にれ会のお祭りのウェブアルバムです

お祭りの様子をウェブアルバムにアップしました。撮影は五十嵐です。

気をつかったつもりですが、不都合でしたらご連絡ください。

お祭りの様子はこちら
10日の懇親会の様子はこちら


にれ会旅行が決りました

にれ会の旅行は11月12(土)日~13(日)日です。

行き先は仙台方面。宿泊は秋保温泉 緑水亭です。

みんなで参加しましょう。

幹事の久君と昌子さん、ご苦労さまです。お世話になります。

uramirikさん写真と動画ありがとうその2

にれ会のことはこのブログにくれば用事が足りるというのもいいかも知れません。

にれ会のワンストップサービスです。

uramirikさんが相当数写真と動画をアップしてくれました。

にれ会玉送り行進の写真はこちら

花火の色々はこちら












プロフィール

五十嵐正弘

Author:五十嵐正弘


小千谷市片貝町のにれ会です。片貝祭りにはみんなで集まりましょう。
毎年9月9日、10日の片貝祭りには世界最大の花火四尺玉が打ち上げられます(片貝だけです。ギネスブック公認)。
片貝祭りはにれ会にとっても、貴重な二日間の再会です。
再会をめざして、今からネットでおしゃべり(コメントのことです)を始めましょう。
真下↓のコメント欄を充実させましょう。記事は単なる話題の提供です。
コメントを書くには各記事の最後の列にあるコメントをクリックします。

タイトルの「時」は、木村敏著「時間と自己」から借用したものです。



最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。